「Shall we sing?」~ひがし野ひろしま市編~第5話

~ひがし野ひろしま市編~
お母さんシンガーソングライター 始まりの物語

※フィクションです。登場する人物や地名は実際のものとは関係ありません。


第5話:「ふしぎ野の森コンサート」と「少女時代」


冬のある日、「広報 ひがし野ひろしま」をめくっていると、ファミリーコンサートの案内が目に入った。

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中高生ボランティアリーダー育成/ユースチャレンジャープレゼンツ
第5回 ふしぎ野の森のコンサート
観覧無料。市民ミュージシャン、パフォーマーの皆さんと、親子で楽しい時間を過ごしませんか?
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「コンサート」「ミュージシャン」という言葉が、広報誌の上で、なんだか眩しく見えた。

私は、たぶん、小さな頃から歌が好きだった。

なぜ「たぶん」かと言えば、自分でも歌が好きだと気付いたのは、かなり大きくなってからで、最近気がついたと言っても良いからだ。

思えば、幼稚園に入園し、先生がオルガンを弾きながら歌う姿にあこがれた。

たまたま当時、家に足踏み式のオルガンがあったので、それをめちゃくちゃに弾いて遊んでいたら、母親が音楽を好きなのだと思い、クラシックピアノを習うことになった。

今では、音楽の習い事としては、リトミック、歌もあるだろうし、楽器の種類も選べるかもしれないが、私が小さい頃は、音楽の習い事といえば、=ピアノだった。

すごい勢いでオルガンを弾いていたのだから、きっと親も期待したのかもしれないが、よく考えればクラシック音楽とは縁遠い家だったし、全く耳慣れない音楽を弾くのはあまり興味が持てず、そもそもピアノにあこがれていたわけではなかったので、ピアノの練習にはあまり熱心になれなかった。

しかし、両親は早々に私にYAMAHAのアップライトピアノを買ってくれた。これがあったので、その後、何度も私はピアノの習い事を辞めたいとも思ったが、結局、高校生を卒業するまで、 通い続けることになり、ピアノを聴かせるほどの腕はないが、楽譜の読み書きや、音感は身に付いたようだった。

私は地元の中学を卒業すると、都内の女子校に進学した。勉強に熱心な真面目な生徒の多い学校だった。その分、先生たちや授業はとても穏やかで、ある程度、生徒の自由にさせてくれる校風だった。ある時、音楽の授業で、友達同士でグループを作り、「どんなジャンルの音楽・どんな発表形式でも良いので1曲披露する」という課題が出たことがあった。

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その時、私は友人2人と一緒に組んだのだか、真っ先に歌を歌うことを提案した。この発表の提案を聴いたとき、どうしても歌いたい歌があった。

当時、YAWARAという柔道少女のアニメがテレビ放送されており、原由子さんが歌う『少女時代』というエンディングテーマが、どうにも好きだった。

ちょうど女子高生生活を描いた、キュンとする歌詞で素敵だったのだ。

私は2人にこの曲を提案し、承諾された。

それからの私は、『少女時代』のシングルCDを買い、何度も何度も聴きながら、メロディを譜面に書いた。

そして、せっかく3人で歌うのだからと、サビの部分はメインメロディーに加え、下と上にハモリのパートを作った。

今思えば、この私の提案に付き合ってくれた友人2人にも本当に感謝している。2人はこの私の、異様に熱の入った『少女時代』3部合唱の練習に付き合ってくれたのだから。

そして発表の日、各グループ、いろいろな形式の発表があった。ヴィオリンとバレエのペア、3ピースのバンド演奏したグループもあったと思う(なんか、みんなも凄い特技の披露!)。

そんな中では、私たちのアカペラ3人合唱というのはとても地味だったと思うが、ハモリが綺麗だったと、先生や他の同級生に褒められ、発表した後、3人とも大いに興奮したことを覚えている。

そして私は、この時の経験を通じて、世の中には原由子さんのように「自分で歌詞もメロディーも作って、そして歌っている人がいる」ということを、強く意識するようになった。

いつしか、「私も、自分で作った歌を発表してみたい。」と思うようになっていた。

つづく

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