お母さんシンガーソングライター 始まりの物語
※フィクションです。登場する人物や地名は実際のものとは関係ありません。
第6話:「ふしぎ野の森コンサート」と「オリソン時代」
高校時代の私は、自分が歌に興味があること、とくに、自分で歌を作って歌うシンガーソングライターや、バンドに興味があることにやっと気付いたのだが、すぐに行動は起こせなかった。
どうやったら好きな音楽ができるのか、、、自分ではまだ始め方もわからない子どもだった。
「バンドやろうぜ~」なんて、都合良く少女マンガ的な展開も起こるわけもなく、
「大学には、音楽サークルというのがあるらしい。仲間うちでバンドとかも組めるらしい。」と何かで知った私は、
とにかく大学受験を乗り切り、大学に行ったら、音楽サークルに入ろうと心に決めた。
そして大学生になった18歳の私は、サークル一覧を目にし、
「オリジナルソング研究会」と出会った。
これこそ、私が入るべきサークル!そう思った。
もちろん、他にも音楽サークルはあった。
・ロック研究会
・Light Music Society
・Jazz研究会
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「・・・うーん、やっぱり、私はオリジナルソング研究会だなぁ」
と自分で妙に納得したものだった。そして、一人でその扉を開けていった。
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「オリソン時代」については、ブログ連載・前作「永遠のカタチ」もご参照ください。
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そうして私は、そのオリジナルソング研究会で、見よう見まねで歌を作り、サークル内でバンドを組んで発表したりと、やっと自分がやりたいと思っていた音楽を始めることができたのだった。
今聞いたら、恐ろしく恥ずかしく、へたっぴな歌だったとしても(笑)
私は大学4年間、オリソンを満喫した。
大学を卒業して、就職し、仕事で辛いことがあっても、心の中には「歌を作って歌えるお気に入りの自分」がいたからやってこれた。バンド仲間はいなかったが、時々、小さな打ち込みの機械や、パソコンで曲を作っては、本当に身近な友人に聞いてもらったりして、満足を得ていた。
でも、結婚して子どもが生まれると、少々事情が変わった。
子どもとの日々に、休日はない。とくに初めての子育て、0歳~1歳の息子との日々には、歌を作る時間や心の余裕はなかった。やりたいと思うことはもちろんあったし、少しの時間でもやれば良いのだろうが、何かに追われるような、ざわざわした気持ちで手に付かず、それでいて、「私は我慢している」という鬱々とした気持ちで重苦しくなるのだった。でも今は、、、まずはお母さんをしなきゃ。音楽なんてできない。
そんな時に目にした、市民ミュージシャンが出演するというイベントの案内。
サークルでの日々が懐かしく思い出された。どんな人たちが、どんな歌を歌うんだろう。ステージ、、、観るだけでも、行きたいな。
そして私は、この「ふしぎ野の森のコンサート」を観に行こうと決めた。
小説「SHALL WE SING?」~ひがし野ひろしま市編~インデックスページへ~
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